Dear John Paul Larkin.

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illustration by Takefumi Hayashi

敬愛するジョン・ポール・ラーキン氏へ。
今年もあなたの命日がやってきました。

 

ジョン・ポール・ラーキン。
この名前をご存知の方は少ないのではないでしょうか?

ジャズピアニストであった彼は重度の吃音(どもり)に長く苦しめられていたといいます。
しかし、その吃音がやがて彼を誰もが名前を知るアーティストへと変えていく大きな武器となりました。

センセーショナルな彼のデビュー曲を聴き、すぐにアルバムを購入しその後もファンとして彼のサウンドを愛していましたが、52歳という高齢でのメジャーデビューから僅か5年で彼はこの世を去ってしまいました。

その独特なスタイルと個性的な楽曲からユニークでコミカルなキャラクターとしての側面しか知られなかった彼について、今年も記しておきたいと思います。

彼は陽気に歌うおじさんだった

初めて見た時はその穏やかそうな風貌でなんて曲を歌うんだ!!と衝撃を受けました。

ジャズピアニストであったことを知ったのはアルバムを購入してからの事だったので、最初はあまりのインパクトに面食らうだけでしたが、二回目を聞いた時に「これはとんでもない曲だ」と聞き入ってしまいました。

日本でもそのインパクトで一世を風靡し、デビューシングルはどこに行っても聞くことができるほどでした。

テレビ番組にも出演し、一躍人気の人となった彼は世間から「面白いおじさん」という目で見られる事となります。

最初は自分もそう思ってみていました。
こんなことができるんだからきっと楽しい人なんだろう、と。

しかし、アルバムを購入してライナーノーツや収録曲の歌詞を読んだ時、その考えが間違っている事に気が付きました。

陽気さは誰かを励ますためだった

彼のスマッシュヒットの中でも、自らの名を冠した楽曲は有名でした。

ハイテンションで陽気な楽曲は誰が聞いてもHappyになれる、そんな楽曲だと思います。
独特の歌唱から繰り出されるサウンドもそれを後押しして勢いだけでも押し切れるパワーのある曲でしたが、その歌詞は優しく、多くの人に訴えかけるものでした。

長く吃音に苛まれてきた彼にとって、その半生は決して明るいものではなかったといいます。
ピアニストとしての人生についても、他人とコミュニケーションをとる手段としてピアノがあったというだけで、ステージでの演奏後はピアノの陰に隠れるようにしていたといいます。

吃音やコミュニケーションのストレスからアルコールやドラッグに溺れたこともあったそうです。

そんな苦境を乗り越えたからこそ明るく前向きなメッセージを発することができたのではないかと思います。

知れば知る程にそのサウンドとメッセージにのめりこみ、いつしか尊敬する音楽家は?と問われるたびに彼の名を上げるようになっていました。

日本でもミリオンヒット、そして

そのインパクトとキャラクターは日本でも大ブレイクしました。
彼のアルバムは250万枚という売り上げを叩き出し、一躍時の人となりました。

テレビで、CMで、陽気な彼の姿ばかりが取り上げらていましたが、その陰で言友会の支援も行っていました。

大ブレイクした彼のアルバムは日本ゴールドディスク大賞のグランプリ・ニューアーティスト賞を受賞し、その賞金を全額言友会に寄付したのです。

歌詞に描かれるメッセージの通り、彼は吃音に苦しむ日本の子供たちの為にも同団体に支援を続けていました。

しかし、そのことを知る人は彼の熱心なファンくらいしかいないのです。

ルーツであったJazz、そしてその技巧を駆使した歌唱

ジャズピアニストであった彼だからこそ、吃音さえ武器にするという事が可能だったのかもしれません。

吃音を逆手に取り、高速フレーズをリズミカルに歌いきるその技法はジャズで用いられるスキャットでした。

ルイ・アームストロングがスキャットの第一人者と言われていますが、そんな彼を歌った曲ものちのアルバムに収録されています。

ジャズのテイストも、テクノサウンドも、そして優しいバラードも。

様々なタイプの楽曲を見事に一枚のアルバムにメッセージとともに刻んでいった彼が偉大なミュージシャンとしてより、愉快な人として名を残していることに少しだけ寂しさを感じたりもします。

彼の名は”Scatman john”

ジョン・ポール・ラーキン、またの名をスキャットマン・ジョンと言います。

優しい笑顔とダンディズム
優しい笑顔とダンディズム

知らない人も、思い出した人も、今日だけは彼の曲を聴いてください。
彼の楽曲はどれも素晴らしいものです。

52歳にしてようやく掴んだ栄光から僅か5年という短い間でしたが、苦しみから這いあがった彼だからこそ、スターダムに立ってなおメッセージを送り続けることができたのだと思います。
そんな彼の足跡を命日である今日だけでも見つめてみてください。

何年経っても、自分の中のベストアルバムは”Scatman’s World”のままです。

あなたがいたからずっと音楽が好きでいられたのかもしれません。

敬愛するスキャットマン・ジョンに届けられるくらい素敵な曲が作れるように、これからも音楽を続けていきたいと思います。

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みるくここあ
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ウィンドシンセを片手に曲を作っています、演奏するのも聴くのも好き。 ゲームとITと変な情報を拾ってくるのが得意。 色々とやっているらしいけど詳細はヒミツ。 オリジナル曲を公開しています。 http://www.nicovideo.jp/mylist/31704203 作曲風景の生放送もしています。 https://rainbowsound.cafe/rainbow-sound-cafe-live/ 音楽やDTMに纏わる話題を色々と書きます。

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