例の過激発言以降あちこちで色々と盛り上がっているようですが、残念ながら創造的なお話はあまりないようです。
「えんとつ町のプペル」を購入しました。
「良い物には対価を支払うべきだ」というならまず手に取るべきですし、買わずに石を投げるのは卑怯だと思います。
理由を付けて買わずに文句を言うのはそれこそ「糞ダセー」訳で、騒動を見ていても見当違いにしか見えない訳です。
クリエイターは安く見られている?
自分の知る「クリエイター」は安く買われているなんてことはないですし、寧ろしっかりしたバックボーンがある方が多いです。
引く手数多で忙しい方ですので、なかなかお会いする機会が出来ないのは残念ですけどね。
少なくとも名指しされるようなクリエイターや技術者が安くみられることなどなく、需要を満たせるスキルを持った人の多い分野では単価が下がる傾向になります。
これは需給の原則通りです。
アメリカでは1枚のイラストに高い金額が!!という話題もありましたが、高いスキルを持った人の作品であれば日本でも高く買われている訳でトップ層の評価とそれ以外の評価を同列で語るのは誤りです。
フリーランスという生き方
会社やしがらみに縛られない、自分の力で生きるというスタンスは一つの方法です。
それは継続的な収入を得るための努力や設備、保険などの支払いといったコストを自己負担するということでもあります。
過去にフリーランスとして仕事をしていた経験上、それが容易でない事は良く理解しています。
だからこそフリーランスはいいよなんて気軽には言えませんし、積極的に勧めたりもしません。
フリーランスになってから収益の増やし方を考えるという方向性は極めてリスクが高いのです。
少なくとも「確実に収益化できる方法」と「家賃と食費は何とかできる蓄え」がなければ上手く行くわけがありません。
「貧すれば鈍する」は事実です。
呼び方が異なれど「フリーランス」は「個人事業主」です。
事業としての成功なくして、生活は成り立ちません。
事業として成功するということ
往々にして目指す場所と現実は乖離するものです。
理想を掲げて実現することは素晴らしいですが、理想に至る道を築くための時間やお金や労力を無くして理想には届きません。
「お金」という要素は生きる上で決して切り離せない要素です。
親のスネを齧ってたってお金は消費されているんですから。
結局のところフリーにせよ会社員にせよ、目標とする何かに至るためにはステップアップが必要です。
ステップアップというのは単純に収益を増やすという事ではありません。
今の場所からもっと大きな活躍の場に移る事がステップアップです。
そういったステップアップを無くして成功に至ることはできないと思います。
見ている場所が違えば話が合う訳がない
「えんとつ町のプペル」のおはなしは現代的な部分を揶揄する内容ですが、最後は絵本らしく綺麗に締められていました。
1ページ毎の挿絵は幻想的な架空の町を描いていて素敵でした。
絵については得意でもなんでもないので感想以上の技術的な事は何一つ言えないのですが買ったことに後悔はないですし、作品として「良かった」と言えるものでした。
何よりこの本の素晴らしいところは「英訳」が最初から入っている事でした。
元々「日本で売る」だけではなく「世界で売る」ことを前提とした本であり、その為のステージをこつこつと作っていた事が成功に繋がっているんですね。
本人の弁の通り「自分に時間を使った」からこそできた事なのだと思います。
一つ一つの足跡を見てあれこれと注文を付けることは容易いですが、歩いた先にたどり着いた人にはそんな言葉は意味なんて持たないんです。
足元を見ている人と、先を見ている人の大きな差がここで生まれます。
お金の奴隷になっていないか?
「お金の奴隷」という言葉は強烈な毒でした。
同時に「なるほどなあ」と思わせられました。
フリーミアム戦略自体は新しくもなんともない事ですが、敢えてアンチ側をたきつけることで話題性を高めた訳です。
同時に「良い物は評価しよう」という主張で無料化を批判する層に対して「評価はどうしたの?」という踏み絵を迫った訳ですね。
多くの人が踏みにじっていたようですが、それはどうでもいいや。
「お金の奴隷」という言い方の是非や品位については敢えて評価しませんが、そのサイクルに落ちている人は確かに多いのかもしれません。
足元の一歩を見て一喜一憂することで、到達点を見失うとあの手この手に走るようになり目先のお金を得るための手段に流れるようになります。
所謂迷走する訳ですが、一度この状態に入ってしまうと脱却は難しくなります。
様々なチューニングを試みてみても付け焼刃では成功する訳がないですし、チューニングしている場所が本当に正しいのかという所から考え直さなければならない事もあるのを忘れてはいけません。
目標は墓標ではない
何をもって成功とするかはそれぞれですが目標の設定を誤っている場合、到達したものの思ったような結果にならない事は多々あります。
思い描いた道と違う場所にも目を向けて、常に視野を広く持つことで時代の潮流を見極めながら進まなければ無駄に時間を浪費するだけということもあります。
目標にたどり着くことが目標になるようなダウングレードを感じたらそれは危険な兆候です。
目標はあくまで次のステップアップのための筋道です。
たどり着いて力尽きるような墓標になってしまうのはスキル不足かキャリアパスの設計ミスです。
先へ行く人は歩き方がうまい
何をやっても成功させてくる「才能がズバ抜けて高いタイプ」の人は本当に一握りです。
多くの人は地道な積み重ねをしていきます。
地道なのは重要ですが、その中から頭一つ抜けていく人はアプローチが異なります。
業界や業種によってもその方法は様々ですが、痩せた畑を耕している間は実りはないなあと思っています。
色々な方法や色々な考えが認められるようになった時代だからこそ、死なない程度に上手に歩く方法をしっかりと見極めるべきです。
他者の足跡や手法を学ぶ事は良い事ですが信者になって自分の方法論を見誤ることのないように注意したいですね。
この話には結論がない、ですか?
クリエイターなら答えは「創るもの」なんじゃないかなって思うよ。

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