失われた音楽文化、30年の時を越えて – Part 7

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Photo by Mc681 from Wikimedia Commons(CC 4.0)

1990年もいよいよ後半に差し掛かります。

 

Windows 95以降、PC/AT互換機が国内でもメインストリームへと切り替わっていきました。

テレホーダイの登場によりテレホタイムの利用者が増え、ネットワークへのアクセスは容易になっていきました。

その陰で新たな利用者とモラルの問題のジレンマを管理団体や事業者も抱えるようになっていました。
ネットワーク利用者へのモラル啓蒙については様々な場面で議論されていましたが有効な手立てはなく、個別の啓蒙活動が散発的に行われるばかりで効果については期待されるほどのものではありませんでした。

この対応の遅れがやがて大きな問題として跳ね返ってくることは必然だったのかもしれません。

1995年から2000年まで。
21世紀を目前にした時代の状況を見ていきたいと思います。

NMRCの創設

Part6で紹介した佐々木氏の呼びかけにより、ネットワーク上での音楽利用ルールの交渉の為にネットワーク音楽著作権連絡協議会(NMRC)が1997年(平成9年)に発足しました。
NMRCには個別にJASRACと交渉を行っていた複数の団体が合流し、当時単独の管理事業者として絶大な力を持っていたJASRACとの交渉にあたりました。
当初の参加団体は

社団法人音楽電子事業協会(AMEI)
社団法人マルチメディア・タイトル制作者連盟
社団法人日本レコード協会
社団法人テレコムサービス協会
電子ネットワーク協議会
日本インターネット協会
日本地域プロバイダー協会
社団法人コンピューターソフトウェア著作権協会
UNIX Business Association(UBA)

と、業界を横断した多数の団体が参画していました。
通信カラオケ業界も最盛期を基準に決定した使用料が1997年に業務用通信カラオケ規定として制定され、利用料の交渉を行う際にNMRCに合流しています。

こうして複数の業界からの提言や意見調整を元にJASRACへ交渉や文化庁への働きかけをNMRCが行い、1998年(平成10年)にはJASRACとの間でネットワーク上での利用ルールに「暫定合意」し、その合意をベースに2001年(平成13年)にはインタラクティブ配信規定として規定化されました。

この交渉の結果はやがて非商用配信における免除の規定を策定するに至り、ネットワーク上での自由な利用へ一定の理解を得ることになりました。
同時に非商用に該当しない利用への明確な利用料が設定されたことで、試験的に許容されていたFMIDIなどへの管理楽曲データの公開に期限が設けられることとなりました。
これによってJASRACによる不当な弾圧という印象が生まれることとなりました。

Windows98、パーソナルコンピューター時代へ

Windows98が登場するといよいよパーソナルコンピューターはPC/AT規格とWindowsによって寡占されることになっていきました。
1997年の中盤には過去のソフトウェアとの互換を維持するためにFM音源の搭載を継続していたPC-98シリーズもFM音源の搭載を取りやめ、以降はPCMの再生機能へとシフトしていきました。
やがて御三家とされたメーカーもそれぞれがPC/AT互換機へシフトし、内蔵音源を搭載したパーソナルコンピューターは過去のものとなっていきました。

Microsoft GS Wavetable Software Synthsizer

Windows98からMIDIデータの再生において標準搭載で使用できるMIDI音源としてMicrosoft Synthsizerの音色をGS規格に合わせて使用できるようにしたソフトウェア音源が登場しました。

これにより過去の資産であるMIDIデータがだれでも再生できるのでは!?と期待されましたが内容としてはGSと冠した割に音色配列がGSに準拠しない部分があったりエフェクトが搭載されていなかったりと再現性としては散々であり、MIDIファイルの存在価値を逆に毀損する音源でした。
過去にMIDI音源を使用していた人からすればこれは当然邪道でしたが、Windows98からのユーザーにとってMIDIはダメなものという印象を持たせることになりました。

MSGSを基準としたサウンドメイクを行うという新しいムーブメントも起こりましたが基本的にはダメなものという印象が強く、DTM勢にとっては厄介な存在でもありました。

XGとGS

RolandのGSに対抗しYAMAHAもXG規格を制定したことでMMAの提唱したMIDI規格の互換性はそれぞれの持つ互換モードの上でなんとか成立するような状況でした。

YAMAHAのMUシリーズ、RolandのSCシリーズはそれぞれ性能向上を目指して新機種の投入を続けていましたが、初期のような爆発的な勢いは失われていました。
これにはmp3の台頭とNapsterなどの音楽シェアリングサービスの急激な台頭、MSGSなどによるソフトウェア再生によって再生機を所有する動機がなくなった事が影響していました。

XG規格のMUシリーズ、GS規格のSCシリーズともに2000年~2001年に最終モデルを発売するとその後はそれぞれの提唱するシンセサイザーの開発に注力していくことになり、コンシューマ向けシンセサイザーとして一世を風靡したMIDI音源はこれ以降発売されることはありませんでした。

SMAFの登場

1999年になると携帯電話の着信メロディに動きが起こります。
YAMAHAの開発した携帯電話向け音源MA-1とSMAFフォーマットです。
これらは従来の単音や3和音ではなく、FM音源の8和音を実現するものでした。
単音、3和音程度の携帯電話では打ち込みの難度が高くなかったことと、楽曲再現性に限界があったため携帯電話自体に入力機能がありましたが、MA-1のころからはSMAFファイルというファイルを携帯にダウンロードして再生する形式となりました。
これが後の着メロ配信の基礎となっていきます。

MA-1自体もYAMAHAの製品であり、楽器事業で培った技術力を発揮し、携帯電話の進歩とともに音源のグレードも高くなっていきました。
携帯電話向けの内蔵用として仕様の明確であったMAシリーズチップは皮肉にもMIDIの理念であった互換性と再現性を同一世代で完全に維持できたことで、MAシリーズ向け楽曲の作成にシフトする人も現れました。

SMAFファイルはスタンダートMIDIファイルの拡張フォーマットであり、親和性の高さからSMFのコンバートで作成することができました。
そしてここでもかつてMIDIデータの作成で腕を振るった製作者たちが活躍していくこととなります。

文化庁小委員会の動向

1998年(平成10年)、文化庁の著作権審議会では大きな転機を迎えていました。
文化庁でもWIPOの推進するマルチメディアコンテンツの権利保護方針に追従する形で音楽そのほかの著作物に対する管理の在り方について検討を継続していました。
その中で兼ねてより廃止について検討を続けてきた著作権法附則14条について早急な廃止を検討せざるを得ない状況にありました。

(2) 附則第14条の取扱いについて
附則第14条については、現行法制定後相当の期間が経過していることから、著作権審議会において、これまでも検討が行われてきており、平成4年3月の第1小委員会の審議のまとめにおいては、「音楽著作権の管理体制の整備及び利用者の理解の促進などの条件整備を進め、その進捗状況に応じ具体的な立法措置について判断を行うことが適当である。」とされ、また、平成8年9月の第1小委員会審議経過報告においては「利用者団体の理解を得るための広報活動への積極的取組み及び附則第14条を廃止した場合の円滑な権利処理ルールの整備に向けた具体的取組みが必要であることを踏まえつつ、できるだけ早期に法律改正を行う方向で、今後も、積極的に検討を進めていくべきものであると考えられる。」とされているところである。なお、附則第14条については、平成8年7月にWTO(世界貿易機関)の場で行われたTRIPS理事会における各国著作権法レビューにおいても、ECからベルヌ条約違反ではないかと公式に指摘されていたところである。

– 平成8年9月 第1小委員会審議経過報告

WIPOとは

世界知的所有権機関(WIPO)とは、国際的な知的財産権保護の為に設立されている専門機関です。
活動は知的財産保護の国際的な推進、知的財産保護のための規定・条約作成など、世界的な知的財産権保護の基準を作成している機関と言えます。

昨今話題となったスマートフォン向けの保証金の導入提案もWIPOからの勧告として発されたものです。
WIPOでは時代に即した知財保護の為に随時その勧告をアップデートしており、これにより新たな分野での知財の管理の在り方の批准をTRIPS協定加盟国に求めています。

これには強い強制力があり、WIPOの勧告に応じないなどの重大な違反がある場合知財以外の分野(物流・サービス)での制裁を対抗措置として講じることができるクロス・リタリエーションという制度があります。
この制度によってTRIPS協定加盟国は国内法でWIPOの規定に準じた知財保護の推進を義務付けられているといえます。

第5部 紛争の防止及び解決(第 63 条、第 64 条)

従来、知的財産権関連条約には有効な紛争処理規定が欠けていたが、TRIPS関連の紛争処理は、WTO協定が定める紛争解決手続に従って行われる。
この紛争解決手続は、現行のガットの手続を強化したものであり、手続の時間的な枠組みと手続の自動性を確保して手続の実効性を高めた。
また、クロス・リタリエーションにより、相手国のTRIPS協定違反の行為に対してモノの分野で対抗措置の発動が可能となっており、これによってTRIPS協定の遵守が担保される。

特許庁 TRIPS協定整合性分析調査報告書について

附則14条についてWIPOから協定違反ではないかと問題提起された以上、経過措置として20年以上置き去りにされていた附則は削除せざるを得なくなりました。

これにより黙認されてきた「商業施設での音楽再生」などの利用が制限されることになりました。

mp3とNapster

1995年、ドイツではCD-ROMなどのメディア向けの音声圧縮フォーマットとしてmp3がスタンダードの地位を獲得するに至りました。
この時点ではまだマイナーなフォーマットであり、世界的には普及していませんでした。

しかし、WinAmpの登場でmp3の認知が一気に拡大します。
十分な再生クオリティがあり、ファイルサイズを大幅に圧縮できる技術は瞬く間にネットワーク上でのスタンダードの地位を獲得しました。

そんなmp3を利用してネットワーク上での音楽の利用を促進しようと考えたのがNapsterでした。

Napsterは特に音楽のシェアに特化したP2Pネットワークサービスとして1999年(平成11年)にサービスインすると爆発的な人気を博すことになりました。
しかしNapsterはリーガル面で杜撰な面が多く、2000年後半には裁判に敗訴しサービスを停止することになりました。

わずか1年ではありましたが、ネットワーク上に拡散したmp3とNapsterによって世界の音楽市場は40%の売り上げを失ったともいわれます。
この旋風は日本にも吹き荒れ、後の対応の先鋭化を招く一因となったと考えられます。

これまで緩やかに流れてきた時間が一気に加速を始めます。
社会の大幅な変化とコンピューターとネットワーク社会が本格的に浸透したことで、世界的にもネットワーク上での知財管理について続々と新しい規定を提唱していました。

コンピューターの市場がPC/ATにシフトしたことや内蔵音源搭載機が消えていったことでコンピューターを取り巻く音楽の事情も大幅に変わった時期でもあります。

一連の流れにおいていまだにMIDI狩りと呼ばれる出来事は存在しませんでした。
街頭から音楽が消えたという出来事については一時的な経過措置として20年間あいまいにされていた附則14条がWIPOからの勧告により撤廃されたことでこの時期を前後して利用者との間に軋轢が発生することになりました。
時同じくしてNMRCがインタラクティブ配信に掛かる利用料規定について暫定合意をしたことにより、急激にJASRACが締め付けをきつくしたように見られるようになった事は想像に難くありません。

次回はいよいよPart1でも触れたMIDI狩りがあったとされる2001年について。

そこに何があったのかを確かめに行きましょう。

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みるくここあ
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ウィンドシンセを片手に曲を作っています、演奏するのも聴くのも好き。 ゲームとITと変な情報を拾ってくるのが得意。 色々とやっているらしいけど詳細はヒミツ。 オリジナル曲を公開しています。 http://www.nicovideo.jp/mylist/31704203 作曲風景の生放送もしています。 https://rainbowsound.cafe/rainbow-sound-cafe-live/ 音楽やDTMに纏わる話題を色々と書きます。

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